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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)10号 判決 1965年4月14日

原告 アンナ・フレーザー・ホーキンズ

被告 麹町税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

原告の申立及び主張は、別紙添付「原告の申立及び主張」記載のとおりであり、被告は主文同旨の判決を求め、別紙添付「被告の主張」記載のとおり答弁及び主張をした。

原告主張の要旨は、不動産の譲渡所得については、「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約」(以下日米租税条約という。)第八条により、アメリカ合衆国に居住する原告は、日本国内の不動産の譲渡による収益について、日本国の課税に服するかどうかの選択をなし得るものであるが、原告はその旨の選択をしていないから、原告に譲渡所得があるものと認めて被告が決定処分をしたのは違法であるというにある。

しかし、日米租税条約第八条は、「一方の締約国の居住者・・で、(a)他方の締約国内にある不動産から生ずる所得(不動産の売却又は交換によつて生ずる収益を含み・・・・)・・・を取得するものは、いずれの課税年度についても、自己がその課税年度を通じて他方の締約国内に恒久的施設を有していたものと仮定して、当該他方の締約国の租税を純所得を基礎として課せられることを選択することが出来る」と規定しており、その趣旨が他方の締約国の課税に服するかどうかの選択を認めたものではなく、純所得による課税の選択を認めたものであることは、その文言上明白であり、右部分の英文を見てみても、「A resident… of the contracting states deriving (a) income from real property (including gains derived from the sale or exchange of such property…)…situated within the other contracting State may elect, for any taxable year, to be subject to the tax of such other state on a net basis as if such resident…had a permavent establishment in such other state during such taxable year」と規定されていて「elect」が「to be subject to the tax of such other state on a net basis」を受け、そのうちでも「on a net basis」に重点があることは、「as if」以下の文言より明白というべきである。すなわち、非居住者に対しては、定率による源泉徴収手続が原則的な納税方法であることよりして、特に同条に規定する収益については、純所得による納税の選択を認めたものであり、この解釈が正当であることは、日米租税条約を審議したアメリカ合衆国上院の報告書(83d Congress 2d Session, Executive Rept. No 6)においても、右条項に関し、「その他の多くの租税条約におけると同様に、不動産から生ずる所得を取得する居住者は、その源泉からの総収入(a gross income from such sources)によらず純所得を基礎として(upon a net basis)課税されることを選択することができると規定されている」旨の報告が行なわれていることからも明らかである。もつとも、原告の問題の所得に適用される昭和三四年法律第一九八号による改正前の所得税法(以下法という。)第四一条第一項、第一条第二項によれば、「この法律の施行地にある資産又は事業の所得」については、非居住者についての源泉徴収が定められていないため、居住者と同様純所得による確定申告をもつてする納税方法しかなく、日米租税条約第八条による選択の余地がないこととなるが、それは、同条が、締約国において、非居住者の納税方法につき源泉徴収手続が採用されていることを前提として、この前提の存在する場合にかぎつて源泉徴収手続によらないで、純所得による納税を選択することができるとの趣旨を約定したものであることから生ずる当然の結果であつて、かような結果が生ずることは、同条の趣旨を原告主張のように解すべきことの根拠となるものではない。

以上の次第で、日米租税条約第八条を根拠に、日本国の課税に服さないとの原告の主張は採用できず、原告は、法第一条第二項、第二条第三項により、日本国内の不動産の譲渡による所得について、日本国に対し納税義務を負うものであり、その他の点で、被告の決定処分が適法要件を具備することについては原告は明らかに争わないから、被告の決定処分は適法である。

よつて、原告の請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顯)

(別紙)

「原告の申立及び主張」

(申立)

被告が昭和三七年一二月八日付でなした原告の昭和三四年度分所得税に関する決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めます。

(請求原因)

一、原告は、アメリカ合衆国フロリダ州、デイトナピーチ、サウス、ハルフアツクス、ドライブ二三二〇番地に住所を有する日本国税法上の非居住者である。

二、原告の昭和三四年分所得税に関し、昭和三七年一二月八日被告麹町税務署長は、所得税の決定をして、その頃原告に通知した。

原告は右処分に対し、東京国税局長に審査の請求をしたところ、同局長は、昭和三八年一〇月三一日右審査請求を棄却する旨裁決し、昭和三八年一一月四日付で原告に通知した。しかしながら、被告の右決定は次の理由で違法である。

(一) 所得税に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約第八条によれば、一方の締約国居住者は、不動産の譲渡所得については、他方の締約国の租税に服するか否かを選択することが出来るものというべく、原告は、被告麹町税務署長の決定に係る昭和三四年度の不動産の譲渡所得について、日本国の租税に服すべく選択していないから、日本国の租税に服する義務はないものというべきである。この点を看過してなした被告麹町税務署長の決定は違法であり、取消さるべきである。

「被告の主張」

第一、請求原因に対する認否

第一項、認める。

第二項のうち、更正処分および裁決の経過は認めるが、その他は争う。

第二、被告の主張

本件の争点は、原告が日米租税条約八条の関係で納税国の選択権を有していて本件納税義務を負わないものか否かの点についてだけであるから、以下、原告の日米租税条約八条の解釈が誤つていて、原告が日米租税条約八条の適用を受ける余地がなく本件納税義務を負うべきものであることを明らかにする。

一、本件課税処分がなされた経緯について。

原告は、昭和三十四年四月十七日その所有に係る横浜市中区根岸旭台三〇番地ないし四二番地所在の宅地一、四八二坪および家屋一八一、六坪を銭培栄ほか一名に代金一一、〇〇〇、〇〇〇円を以て譲渡した。

しかして、右譲渡による所得金額は次のとおり二、二九〇、九六四円、これに対する税額は六〇五、八一〇円と計算されるものである。

譲渡所得の計算

<1> 収入金額                  11,000,000円

<2> 譲渡資産の取得価額             5,268,072円

<3> 譲渡に関する経費              1,000,000円

<4> 差引譲渡所得金額(<1>-<2>-<3>) 4,731,928円

<5> 課税標準 (4,731,928円-150,000円)×1/2=2,290,964円

ところで、原告は、当事者間に争いがないとおり、アメリカ合衆国に居住するもので昭和三十四年法律第一九八号による改正前の所得税法(以下、法という。)第一条第二項所定の非居住者であるが、非居住者と雖も資産または事業等の所得を有するときは法第一条第二項第二条第三項の規定により所得税を納める義務を負うのであるから、原告が右租税を負担すべきことは明らかである。それにもかかわらず、原告は法第二十六条第一項本文前段の規定による確定申告をしなかつたため、被告は昭和三十七年十二月八日原告の昭和三十四年分所得税に関する本件課税処分を行なつたのである。

二、本件課税処分の適法なことについて。

原告は、日米租税条約八条に規定されている「選択」の文言を捉えて、この文言を納税者が課税を受けるべき国を任意選択することの意味に解すべき旨主張されているが、右解釈は全く誤解に基くものである。

そもそも、我が国の所得税法のもとでは、非居住者の納税は、法第四十一条の規定により、原則として非居住者の所得について支払をなす者が支払の際にその支払うべき金額に対して百分の二十の税率(定率)を適用して算出した税額の所得税を徴収して納付するといういわゆる源泉徴収の方法により行なうことと定めているのであるが、例外として資産の所得のうちその譲渡によるものおよび事業の所得は、高額の取得価額または原価等を要するのが通例であつて、定率による納税方法は実情に合致しないため、源泉徴収の方法によらず、個別に純所得を計算し申告納税の方法によるべきものとしているのである。

このことは、法第四十一条第一項が源泉徴収義務者を「………非居住者に対して第一条第二項第二号乃至第九号に規定する所得につき支払をなす者………」と定め、法第一条第二項第一号所定の「この法律の施行地にある資産又は事業の所得」については源泉徴収の対象から除外し、通常の純所得の計算による納税方法によるとしていることに照して明らかなところである。

ところで、日米租税条約八条は、不動産から生ずる所得について、非居住者につき原則的な納税方法である定率による源泉徴収手続を以てする納税方法と、居住者なみに純所得を基礎とする確定申告を以てする納税方法との選択を定めているものであつて、原告の主張されているように、納税する国の選択を納税者に認めているものとは到底解されない。尤も、日米租税条約八条は源泉徴収手続によると定めているものについて純所得を基礎とする納税方法を選択できるとしているものと解すべきところ、前述のとおり我が国においては資産の譲渡による所得については源泉徴収手続による納税方法が認められていないから、資産の譲渡所得については日米租税条約八条所定の選択の余地はないものといわなければならない。

以上のとおり、本件について日米租税条約八条は適用の余地なく、原告が法第一条第二項に基き本件納税義務を負うべきことは明らかであるから、本件課税処分には何らのかしもないものである。

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